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毛利郁子の現在?!画像と写真・wiki・プロフィール・cup・爆報theフライデー・息子?

公開日: : 最終更新日:2015/07/16 女性有名人(ま行)

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引用元:http://yarukigenki.net/wp-content/uploads/2015/07/e578a3b63cb756b7bd183a595311ff37.jpg

爆報THEフライデーで明らかになる!毛利郁子の事件・現在は?!息子がいる?画像写真wiki・プロフィール・cupは?

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毛利郁子のカップなどのWikipedia風プロフィールはこちら↓↓

本名:毛利 郁子(もうり いくこ)

出身地:高知県宿毛市

身長・体重:160cm・非公表

誕生日:1933年4月25日

年齢:82歳

スリーサイズ:B96 – W55 – H92

カップ:Jカップ(推定)

高校:高知県立宿毛高校

(2015年7月現在)

7月に放送される『爆報THEフライデー』(TBS系)内のコーナー、「名前を出せない芸能界事件簿4」では、現役女優が人命に手をかける事件を取り上げるそうです。

何でも日本芸能史上初の出来事だったとか。

その女優は一体誰なのか気になりますよね?

調べてみると、毛利郁子さんという女優さんに行き着きました。

一体どんな女優さんだったのでしょうか?

今回は毛利さんについてレビューしたいと思います。

ちなみに上記のスリーサイズは女優時代のです。

すごいナイスバディですね!

現在のグラビアアイドルに十分通用しそうですな(`o`)

ヘビ好きは”設定”だった?!

1955年、「全国温泉旅館美女コンテスト」で「ミス温泉」に選ばれた毛利さん。

満23歳になる1956年、大映に「大映10期俳優研修生」として入社します。

そして特撮映画『透明人間と蝿男』で主演デビュー

※当時の宣伝ポスター画像は⇨コチラ

現代劇の女優として活躍しました。

前述の通り、抜群のプロポーションだった毛利さんは、グラマー女優と称されました。

撮影所にペットとして持ち込むほどのヘビ好きとして知られ、猟奇的な映画で抜群の存在感を放ちました。

毛利さんの自宅には、青大将やヤマカガシを放し飼いにしていたそうです。

気持ち悪~い(><)

「飼っていると、慣れるから、可愛いものよ」

「夏なんか一緒に寝ると、とても気持ちいいの。冷たいから」

などと芸能記者に話していたこともあるそうです。

蛇が保冷剤代わりなんてとんでもないこと思いつきますね〜毛利さん。

・・・というのは表向きで、実はヘビはそこまで好きではなく、怖くないレベルだったそうな。

しかし当時父親から、ヘビ好きな特徴を設定としたほうがいいのではとアドバイスを受けたそうですよ。

キャラ作りですね〜。

例えば板東英二さんといえばゆで卵!みたいな(^^)

その設定(?!)がウケて、1958年の映画『青蛇風呂』で主演女優の座を射止めます。

※『青蛇風呂』の画像は⇨コチラ

蛇に巻きつかれちゃっています(~_~)

何で昔のポスターってこうおどろおどろしいのかしら・・・。

以降、怪談映画をはじめ、勝新太郎さんの「座頭市シリーズ」や、市川雷蔵さんの「眠狂四郎シリーズ」など100本近い作品に出演。

その鬼気迫る演技と存在感で各作品に鮮烈な印象を残しました。

そのほか『妖怪百物語』『妖怪大戦争』ではろくろ首役を務めました。

当時CGがなかったのにどうやって首がビローンするのを表現したのでしょうか?

昔は技術が乏しい分、表現方法の工夫が感じ取られて味がありますよね。

非常に興味をそそられます!

事件へのあらまし

毛利さんは、妻子持ちの男性と恋に落ち、その間に男児をもうけます。

その不適切な関係は7年にも及びます。

1969年、二人の関係にヒビが生じ、兵庫県姫路市内の広峰山でのドライブ中に男性を手にかけてしまうのです。

翌日、毛利さんは警察に自供して逮捕されます。

現役の女優が殺人を犯すのは初めてのことで、芸能界に激震が走りました。

事件後の同年12月に公開された出演作『秘録怪猫伝』は、ヒット作となりました。

※当時の宣伝ポスター画像は⇨コチラ

犯罪に手を染めた毛利さんが出演したことで、野次馬根性の客が殺到したのでしょうか。

現代では事件を犯した人間の出演作はすべてお蔵入りとするのに、当時はしなかったんですね(`_`)

大映社長永田雅一氏・共演者の勝新太郎氏が減刑嘆願書を提出し、なんと被害者の妻までも寛大な処置にするように求めています。

本妻さんは

 「夫は最期まで毛利さんをかばい続けたのは、よほど好きだったのでしょう。」

と語っていて、夫と毛利さんの愛の深さを感じていたのでしょうね。

それにしても懐の深い方ですね~!

1970年4月、一審で懲役7年を言い渡されますが、毛利さんは殺意を否認し、控訴します。

そして1974年9月に二審が開かれ、酌むべき事情が考慮されて一審が破棄され、懲役5年の刑が確定しました。

事件の内容の割に軽い量刑ですよね。

もし男女逆転した事件だったらもっと重い刑がついたような(`_`)

美人の女性には軽い量刑がつくという逸話がありますが、毛利さんには該当したのでしょうか?

有名人ということで社会的制裁を受けているし、子供も幼かったため、寛大な処置が施されたのかもしれませんね。

毛利さんは和歌山刑務所に収監されて服役し、3年後の1977年に模範囚として仮釈放されました。

周囲の方の支援を感じて、心底反省して真面目に服役していたようですね。

以降の消息は不明ですが、再婚して家族で暮らしているとのことです。

最後に

事件当時の詳細な事柄や毛利さんの現在について、『爆報THEフライデー』で明らかになることでしょう。

何十年も前の事件でも、ネットでちょこっと調べただけで出てきちゃうんですから・・・

便利を通り越してちょっと怖いですよね(^^;)

刑期を終え、罪を償った毛利さん。

ご存命であれば現在82歳のおばあちゃまですね。

息子さんも40代後半くらいでしょう。

第三者の我々は騒がず、そっとしておきましょう。

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まだまだ出てくるウラ話!

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