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岸朝子が死去!現在病気・寝たきり・おいしゅうございます画像・タバコ子供

公開日: : 女性有名人(か行)

引用元:http://www.gnavi.co.jp/kando/kishi/img/pic_face01.jpg

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おいしゅうございますでおなじみ・岸朝子死去現在病気寝たきりだった?!タバコを吸っていた?結婚して子供がいた!画像

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岸朝子のWikipedia風プロフィールはこちら↓↓

本名:岸 朝子(きし あさこ)

出身地:東京都

身長・体重:160cm・非公表

生年月日:1923年11月22日

没年月日:2015年9月22日(91歳没)

血液型:AB型

高校・大学:府立第三高女(現・東京都立駒場高校)・女子栄養学園(現・女子栄養大学)

職業:料理記者・食生活ジャーナリスト

趣味:読書・音楽鑑賞・旅行

(2015年9月現在)

おいしゅうございます」のコメントでおなじみの岸朝子さん。

2015年9月22日に心不全のため亡くなっていたことが分かりました。

享年91歳。

寝たきりで病に伏せていたのかという噂が飛び交っていますが、どうやらデマのようですね。

最近までは週刊誌の取材に応じてたり、バラエティ番組やイベントに出演していたことからお元気だったということが伺えます。

90歳過ぎても、料理記者として取材をしていた岸さん。

まあ確かに90過ぎてちょっとメディアの露出が減ってしまうと、あらゆる憶測が飛び交ってしまうのも無理はないかな(^^;)

岸さんは1955年に、「料理の好きな婦人求む」という主婦の友社の募集に応募して主婦から一転、料理記者になります。

1968年からは、女子栄養大の出版部で約10年間、月刊誌「栄養と料理」の編集長を務めました。

有名人の食事紹介や食べ歩きなどの企画をいち早く打ち出すなど、料理記者の草分け的存在だった岸さん。

  • 「沖縄料理のチカラ」(PHP出版)
  • 「岸朝子のおいしいお取り寄せ」(文化出版局)
  • 「老いは楽しゅうございます」(亜紀書店)

など数多くの著書を手がけています(^^)

今回は哀悼の意を込めて、岸朝子さんについてレビューしたいと思います。

おいしゅうございます

1993年のテレビ番組『料理の鉄人』(フジテレビ)に審査委員としてレギュラー出演していた岸さん。

料理記者歴40年」の肩書きで登場し、的確な批評と食に関する幅広い知識が評判となりました。

岸さんが試食の際に放つ「おいしゅうございます」は、皆こぞって真似するほどブームになりました(^^)

岸さん曰く

あれは、大正から昭和にかけては普通の言葉だったのですよ。

私の気持ちとしては、

料理を作ってくれた人への感謝

素材の生産者への感謝

動植物に命をいただいているという感謝

をこめて、言っていました。

我々人間は「」をいただいて生きているんですよね。

「おいしゅうございます」は岸さんにとって、別にブームにさせてやろうなんて気はさらさらなかったというわけですね(^_^)

タバコを吸う?

美食家として知られる岸さんは、お酒タバコなども、大いに楽しんでいたそうです。

 「お酒を飲むときは1合くらい。たばこ毎日1箱以上吸いますよ。

これといった運動もしないけれど、健康診断でどこも悪いところがない。

嫌なことは夜、布団の中で考えないこと。太陽の下で考えれば、何事も明るくなる

というのも香川先生の教えですが、ストレスを溜めないで、なんでもおいしくいただく。

私の健康の秘訣は、これに尽きますね」

タバコ1日に1箱ってなかなかのヘビースモーカーですね(^^;)

筆者の父親もヘビースモーカーでして、

「体に悪いと思ってタバコを吸っちゃだめだ。良いと思って吸うんだ

なーんて訳のわからない理屈をこねていましたが(^^;)

岸さんもそう思ってタバコを吸っていたのかしら〜?

しかし今回の死因が心不全ということで、少なからずタバコの影響があったのではないでしょうか?

ちなみに香川先生とは、女子栄養学園時代の恩師香川綾さんで、食の大切さを徹底的に教わったそうです。

岸さんが今日まで仕事をし続けられたのは、香川先生の

「女性も環境とチャンスに恵まれたら社会に出て働き、還元すべきです」

と言って背中を押してくれたからだと言われています。

岸さんの人生にも影響を与えた方なんですね。

素晴らしい恩師に巡り合えて岸さんは幸せ者ですね(^o^)♪

家族は?子供はいるの?

岸さんが21歳の時に軍人岸秋正さんとお見合い結婚をします。

その時は戦争の真っ只中。

旦那様とはきちんとお付き合いすることなく、結婚が決まっていたそうです。

現代では考えられませんが、当時はそんな結婚が多かったんです。

そして戦争が終わり、旦那様の仕事がうまくいかずに困っていたところに、前述の主婦の友社の試験を受けて見事採用となります!

はじめは軽いノリで入社したのですが、現実はどっこいハード!

書籍の編集に、全国各地で料理教室を開催、料理人の厨房に入りレシピを教えてもらいそれを原稿にする…など多忙を極めます。

旦那様との間には1男3女をもうけ、育児と仕事を両立する日々。

女性が働くことは珍しかった当時、さぞかし大変だったでしょう。

それでも岸さんは楽しかったそうです。

こういった経験がのちに活きることとなるんですね(^^)

ちなみに、料理のレシピで使われる大さじ・小さじなどの分量の規定を考案したのが岸さんだったんです(@_@)

それまでは「砂糖はパラパラ」など、目分量・感覚でした。

レシピにそんなこと書かれていると、不安になりますね(^^;)

ま〜忙しい時は筆者もいい加減な分量で作っちゃってますが(汗)

今ではおさんもいらっしゃるようですよ☆

可愛らしくて料理上手なおばあちゃんっていいなあ〜

最後に

実は長男を4歳の時に亡くしていた岸さん。

お祭りで出たお寿司が原因だったそうです。

先ほど1男3女と申しましたが、1男とは次男の方だったのですね…。

岸さんは、これをきっかけに食の大切さが身にしみるようになったということです。

口に入れ、やがて命につながるものですから。

我が子にはすこしでも良質なものを食べさせてあげたいですね。

戦中、戦後、高度成長期…様々な時代の食卓を見つめ続けてきた岸さん。

そして今は飽食の時代になり、子供の生活習慣病が問題視されています。

岸さんも度々インタビューで警鐘を鳴らし続けていました。

料理の鉄人』のイメージで、高級料理しか口にしない方だとばかり思っていた筆者。

今回レビューするにあたって岸さんについて調べてみると、それは大きな誤解であることに気づきました。

岸さんは「食べる」根本は、家庭料理にあるのだと常に訴えてきていたのですね。

かつてインタビューで

98歳で亡くなる直前までお元気でいらした(恩師:香川)綾先生にあやかって、私も100歳までがんばって、食の大切さを伝え続けたい。

おいしく食べて健康長寿」が目標なのよ。

もう少し長生きして、食について発信していただきたかったですね…。

ご冥福をお祈りいたします。

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